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今ならダブルがトリプルで!
(05残暑見舞い)(兄弟)


なんだそれはと言わんばかりの表情で見下ろした兄は、それを瞬き一つで無かったことにしたようだった。
「はい、兄さん」
「…ああ」
カラフルな紙カップを受け取った兄は、それに収まったまっきいろの球体にさくりと凶器を突き立てた。無造作に傷口をえぐり無表情で口に放り込む。もごもごと口を動かして嚥下しても尚無表情である。不味いとも美味いとも言わず、黙々と黄色い物体を解体し続ける兄に呆れつつ、瞬もまた手元の紙カップの中身を攻略しにかかった。熱気に触れて溶け出したその艶のなんと美しいことか。口に含めばひやりと冷たい食感に、甘さが遅れてついてくる。最後にレーズンを噛み締めてぬるくなったクリームごと飲み下し、またカップから一掬い。ふと横目で兄を見やれば、やはり鉄壁の無表情でさくさくとシャーベットを切り崩していた。大きな手に不釣合いな小さなスプーンが、落ち着かなげに黄色の塊を乗せては戻り、また乗せて。
瞬はぼんやりとアイスクリームを咀嚼しながら、兄が挑戦している未知の領分に思いを馳せた。
きいろ。黄色。きいろ。つまり、レモン。レモンシャーベット。
そもそも、と瞬は思う。シャーベットなんてものは味のついた砂糖水ではなかろうか。味付砂糖水なのだから、当然それにも砂糖が入っていて然るべきである。でもレモン。レモンである。クエン酸だ、と瞬はこっそりと眉を寄せた。すっぱいじゃないか、とその目は雄弁に語っていた。すっぱいものに砂糖を入れてどうなるというのだ。すっぱあまくなるとでもいうのか。西瓜に塩をかけるのと同じだとでもいうのか。砂糖の甘さに緊張が緩んだ直後クエン酸に強襲されるその瞬間を想像して瞬はむかむかする胸を押さえた。ただでさえすっぱいものを更に強調するとはなんて悪趣味な。しかし兄は無表情である。どこまでも無表情である。その表情からレモンシャーベットへの見解は読み取れない。兄の沈黙と無表情にとうとう瞬は負けた。
「…兄さん」
「なんだ」
「……おいしい?」
「別に」
別にって何なんですか兄さん。僕は美味しいか美味しくないかを聞いてるんであって、別に嫌いじゃないとか別に好きでもないとかそんな不器用さんが不器用なりに気をつかいました、みたいな事を聞いてるんじゃないんだよ別に。
言いたい本音をどでかい猫の下に押し込めて、瞬はにこにこ笑って、それは良かったと頷いた。
「………」
「………」
「…瞬」
「はい?」
「聞くが…」
「何ですか?」
「………それは何…、いや、美味いか?」
「……さあ」
瞬はスプーンを咥えたまま首をかしげた。カップの中身はいつの間にかクリーム色から緑色に移っている。緑色。エコロジーなのは雰囲気だけだ。あまり食欲はそそらないな、と思う。ぷちぷちと口の中ではじけるインクルージュがとても不愉快である。記録を更新しそうな夏の陽気に当てられて、緑色の液体がその下のオレンジ色の固体を覆いつくす前に、と瞬は半ば意地になって緑の物体を口に運んだ。兄はとっくにシングルのレモンシャーベットを完食している。節くれだった指は明らかにカップのやり場に困っていた。雰囲気はなくともエコロジーな人間はいるものだ。
「……」
「……美味しいよ?」
ようやっと緑のエネミーを始末し終えた頃、無表情から一変して複雑そうな顔で見下ろす兄に気づいて、穏やかに微笑む。それでも兄の表情は晴れない。そう簡単にお気楽人間になられてもそれはそれでなんだか嫌なものがあるので、それ以上言を重ねることはしなかった。すると兄の眉間にくっきりと皺がよった。何故だろう。疑問ではあるが、それ問えば更に深い皺が刻まれるのは間違いない。
瞬は背負った猫がにゃあにゃあ鳴くのを聞きながら、オレンジ色100%であってオレンジ100%ではないシャーベットをスプーンに山盛りしてはい、あーんと差し出した。

*戻*

 


(060217)

 

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