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すきなんだよ、と瞬は言った。それからソファに寝そべってクッションを抱えると、小さく、にいさんが、と付け足した。クッション越しのくぐもったか細い声を、一輝は黙って受け止めた。
瞬は瞼を下ろして、ふ、と吐息を漏らした。彼は静寂が好きではない。けれど耐えることを知っている。気が狂いそうなほどの沈黙を強いる兄にも開きかけた唇を閉ざすことも。
一輝の為に誂えられたソファは、小柄な弟が寝そべってもまだ十分余裕がある。ダイニングの椅子も瞬には少し高い。ぶらぶらと細い足を揺らして、このぐらいがちょうどいいよ、と瞬は笑うのだ。そうしてこの家の調度品は少しずつ主を裏切っていた。
うぬぼれでもなんでもなく、一輝はその意味を理解していた。この狭い世界にあるもの全てが自分のものだ。調度品も、家も、家主さえも自分のものだ。唯一自由にならないものがあるとすればそれは弟の聖衣だろう。それすらも、一輝が望めば瞬は手放す。その不幸なる確信。
首が欲しいと言えば瞳を揺らしてこうべを垂れ、組み敷けばきっと震えながら足を開くだろう。そういう弟だ。どこで教育を間違えたかと思えどそもそも長くも無い人生の大半を分かれて過ごしたのだから、原因を自分に求めたところで虚しいだけだ。
一輝はソファに寄りかかるように床に座り、そっと瞬の頬を撫でた。瞬はくすぐったそうに身じろぎして抱えていたクッションを一輝の上に落とす。難なく落下物を跳ね除けた一輝は、左手の親指の腹で弟の下唇の形を辿った。サーモンピンクの唇は不安になるほどに柔らかく、しっとりと湿っている。幾度も幾度も柔らかな肉を撫でていると、ふいにねっとりと濡れた感触がして一輝は指を止めた。
瞬は目を閉じたまま笑っていた。サーモンピンクの唇から覗くあかい舌が蛍光灯の下でてらてらと濡れて光っている。節くれだった傷だらけの指先を、生温かい舌が這いずり回った。いつも優しげな微笑をたたえる唇がひどく猥雑に見えた。一輝は唾を飲んで、一度ためらうように上唇をなぞったあと、じゅぷりと音を立てて弟の唇を犯した。弟の口腔は温かかった。
ん、と鼻にかかったような甘い声を上げて、弟は兄の指に舌を絡め飴玉のようにしゃぶって甘噛みした。
窄められた唇はまるで花の蕾のようだと一輝は思った。
 

 

*戻*

 


(050514)

 

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