■1日1個1週間のお題 ver.AND■
虚式実験室(http://www.geocities.jp/crowcape/)

*青銅メイン・ハーデス編後・同設定短編群*

new,003(060323)
5/7(001,002,003,004,006)

 
001:嘘と決意(沙織と一輝)
城戸沙織が青い顔でふらりと屋敷の一室に消えていった。それを目撃したのは通りがかった一輝だけであったが、或いは彼女にとっては最も知られたくない人物だったかもしれない。
一輝は廊下の壁に寄りかかりながら、皮肉な偶然に苦笑した。 そして五分か十分か、音も立てずに扉を開けた彼女は平然といつも通りの美貌も麗しく、待ち構えていた一輝を見て美しい眉を心持ち上げた。先の顔色の悪さは欠片も残っていない。どれだけ塗りたくったかは知らないが、女は化けるものとしみじみと実感する。
「人間の身体」
怪訝な顔をする沙織に、一輝は自分の胸元を親指で指し示した。
「身体に、ガタがきてるんだろう」
「ええ、すこし風邪を引いてしまって」
沙織はこともなげに言い返した。見られては仕方ないわ、と苦笑まじりに。左手の指は恥ずかしげに長い髪の先をなぶっている。演技の細かいことだ。一輝は感服する一方で、彼女を少し哀れんだ。
「まず吐き気。そのうち碌に物も食べられなくなる」
それは大変、と沙織は笑い飛ばしたが、一輝は淡々と続けた。
「ある程度症状が進行すると食事を必要としなくなる。肉体は一時的に回復するがすぐ精神に異常をきたす。別人格…いや、純然たる神意か。その発露により同一性が損なわれる。あんた、そろそろ記憶に欠落が出始めてるんじゃないか?」
「今日は随分お喋りですのね」
彼女はもはや笑ってはいなかった。人らしい仮面が剥がれ落ち、智と美が支配する超然とした眼差しで己の聖闘士を射抜いている。広い廊下に緊迫した空気が立ち込めた。一輝は女神の咎めをあえて受けた。彼女はまだ沙織でもある。女神アテナが沙織である限り、彼にとって彼女は服従するべき主ではなかった。
「女神、いや沙織お嬢さん、あんたは女神の割には人間として長く生きすぎた。違うか?」
だとしても、と沙織は一輝を見下すように挑発的に唇の端を吊り上げた。
「聖域も、聖闘士も、何ら変わることはありません」
「たいした覚悟だ」
女神はにこりと笑った。そうでしょう、貴方のくだらない矜持よりは余程、と。
「ねえ一輝、貴方、その後はどうなるか知っていて?」


002:罪と勲章(青銅)
白いな、と何気なく氷河が言った。言われた瞬はきょとんとして見返し、困惑気味にティーカップをソーサーに戻した。かちゃ、と陶器特有の音が一瞬にして静かになった空間によく響く。唐突な氷河の言葉に会話を途切らせた星矢と紫龍に注視されて、瞬は居心地悪そうに身じろぎした。
「…何が?」
「腕とか」
場の白けた空気に気づいているのかいないのか、氷河はマイペースに紅茶をすすり、マフィンをかじった。無造作に放り込まれた唇のはしからマフィンの欠片が零れ落ちる。白いテーブルクロスにぽつりぽつりと汚点が浮かぶたび、瞬は少し神経質な仕草でティーカップのふちを左手の人差し指でなぞった。
「普通だと思うよ」
「そうか?」
「そうだって」
氷河は首を捻って、自分の腕と瞬の腕を見比べるように視線を移した。つられるように瞬もまた氷河の腕を見て、それから順繰りに友人を見渡して、どうしようもない現実にぶちあたったかのような顔をして、しぶしぶと頷く。
「…そりゃあ、日焼けはしてないけど」
「いや、そうじゃなくて…」
じゃあ、なに。どこまでもおっとり構えている氷河とは対照的に、瞬は今にも癇癪起こしそうな様子で、今度はソーサーのふちを苛々と親指の腹でなぞっていた。氷河はもうひとつマフィンを取って一口かじりながら、もごもごと不明瞭な声でお前、あんまり無いよなと疑問というよりは確認の口調で言った。がちゃり、と瞬の手元でソーサーとカップがぶつかる音がして、紫龍は身を竦めた。ここにいたって、氷河は瞬の異変にやっと気づいたようだった。ティーカップを一心不乱に見つめる相手に戸惑ったように、瞬、と呼びかける。ゆるりと瞬は顔を上げたが、その視線は氷河を通り越して、ぴたりと止まった。
「あ」
「…うわっ!?」
うしろ、と瞬が続けようとした瞬間、氷河の頭から琥珀色の液体がぼたぼたと大量に滴って服をぬらした。
ぎょっとして飛び上がった氷河が引きつった顔で振り返れば、そこには氷河の頭上でティーカップを傾けた姿勢のまま、にやにやしている星矢がいる。
「笑えるくれぇ隙だらけ。なぁ氷河?」
「……だ、」
「お、何だよ?声小さくて聞こえないぜ」
「……いい度胸だ、と言ったんだ」
地を這うような低い声で、俯きながら氷河は呟いた。肩がわずかに震えている。彼の力の入った両拳をしっかり視界に入れながら、星矢はティーカップを上に放り投げ、ドアに向かって後退した。
「…逃がすか!!」
間髪いれずに氷河が後を追う。そして天井を掠めたティーカップが見事なコントロールで瞬の手元に落ちてきたときには、すでに二人の姿はおろか、足音さえも遠かった。
「どうしたんだ、星矢は」
呆気にとられて紫龍は見えもしないドアを呆然と眺める。
瞬は意外に勘のいい友人に感謝して、さあねと笑いながら星矢のティーカップをテーブルに戻した。その指は指摘された通りに白かった。指も、手の甲も、手首も、腕も、白かった。傷ひとつなく日焼けすらしていない作り物めいた白さだった。カップを支えるその指にも、ほんの少し前までは赤茶けて不恰好に盛り上がった傷跡が確かにあった筈なのに。だがもう今では全身くまなく探したところで古傷の痕跡すら見つけられないだろう。瞬は苦笑をこらえた。惜しいと思えるほど執着のある傷などなかった。それらはただ無力な己を知るだけの傷だった。
けれどもそれは13年間の自分であったのだ。
時折考える。失ったのは月日か傷か、果たしてこれは誰の為の肉体なのかと。
ティーカップの底に残った紅茶を、思い切りカップを傾けて口に含む。紅茶は少し冷めていたが、それでも十分美味しかった。


003:涙と月光(瞬と星矢)
馬鹿だと言われた。思わず笑ってしまった。違いない。僕は笑ってしまったが、星矢は泣いていた。そのままだと聖域に殴りこむぐらいしそうだったので、あれやこれやと綺麗事を並べ立ててごまかした。星矢は嘘に敏感だけれど、嘘をついた理由もきっと分かってくれるだろうから、それ以上のフォローはしない。
お前はただの被害者じゃねえか、そう星矢は憤るが本当の被害者は彼自身だ。望まぬまま共犯者に仕立て上げられるのは苦痛だろう。なんだかんだ言って彼は付き合いがいいし、押しに弱い。さんざん振り回して申し訳ない気持ちもあるが、星矢でよかったと僕は思う。彼はいまもきっと泣きそうな顔をしているだろう。足掻いているだろう。張本人が笑ってんなと怒鳴られるかもしれない。それは愉快な想像だった。実現しないからこその。
木々の枝を渡って広大な敷地を走り抜けながらそんな事を夢想した。見咎めるものはない。かつて誰も完遂できなかった脱走は、こんなにも容易く檻など無いも同然だった。僕は小さく笑った。いま隣に星矢がいたら、さぞや楽しくそして大変なことになるだろう。彼はこの穏やかな夜に乗じて何かしらやらかすに違いないのだ。
最後に読んだ新聞には、真円には欠ける月齢が記されていたが見渡す限り月の姿は見えなかった。雲が隠してしまったのだろうか?雨だけは降らないだろうと思っていた が、だからといって気分良く旅立たせてはくれないようだ。どうにも天気の神様は水を差すことだけはお得意のようだから。 何をすれば気分を害するのか、本当に良く分かっていらっしゃる。水瓶の底が見えた時には晴天尽くし、外出しようとすれば雨が降り雪が積もり。慣れてはいても多少は腹が立つ。怒ったところでしょうがないことだけれど。
まあもっとも天気に悩まされるのはこれで最後と思えば、笑って許せもしようか。
悲しくはないが、少し寂しいかもしれない。


004:塵と蜉蝣(氷河と星矢)
白い腕に、蛍のような光が集まっては消えた。幻想的な素晴らしい光景、そう感動するには背筋に這い上がる悪寒が邪魔だ。光は当然氷でもなく蛍でもない。では何だ。
ふわりふわり、小柄な少年の周りに集い、消える。闇夜にぼうと浮かぶ光は美しい。
だが毒の美しさだ。心臓がどくどくと音を立てる。あれは人の領域ではない。近づいてはならない。だが背を向けて逃げるには、いささか遅すぎた。足は凍りついたよう、目は少年から離すこともままならぬ状態、いつこちらに気づかれるか、いや、気づかれたところで何の問題があるのか、悶々と自問していると、ついと袖を引かれて、木の陰に引っ張り込まれた。何をする、と声を出しかけて、はと口を閉ざす。音にならなかったのだ。小さくゆっくり息をすって、深々と吐き出す。喉はからからに乾いていた。俺はせいや、と無様に掠れた声で救世主の名を呼んだ。
あいつは何をしているんだ。
「おれ、知ってるけど。」
そうだろう、嘘のつけないやつだ。誰に口止めされたのやら、星矢は困った顔をしてる。似合わないツラだ。なんとなく哀れになって、俺は矛先を変えた。
「他に誰が知ってるんだ?」
星矢はあからさまにほっとした顔を見せた。しかし言えないと首を振る。それで吐いたも同然だ。星矢にそこまでやらせる人間は一人しかいない。女神という名の人間だ。
同時にそれは、俺がいつまでも外野の人間であるという証明だ。彼女を相手取る気は更々無いし、したところで勝ち目など髪の毛一筋ほどもありはしない。
俺に出来たことはといえば、そうかと相槌を打って、星矢を解放するぐらいだ。
今度は星矢が俺を哀れんだのかもしれない。彼は目を泳がせて、言いにくそうに、必死で少ないボキャブラリーの中から言葉を選び選び、呟いた。
「あと、二週間、くらい、だけど、でも、その半分は、いない、かも…」
「…そうか」
瞼を閉じて十字をきった。誰に捧げた祈りかは自分でも分からない。

それから一週間と数日、俺は北の大地で一人の訃報を聞いた。


005:命と天秤

006:鳥と宵闇(兄弟)
忌々しいね、と廊下を塞いで弟は言った。
鳥なら鳥らしく夜は寝てればいいものをと険しい顔で舌打ちする弟の目前で立ち止まり、寝癖だらけの亜麻色の髪に手を伸ばす。奔放にはねた髪は柔らかく、幼さを残した頬の輪郭を羽のようにふわふわと覆っていた。棘のある口調も不機嫌な表情も、そうして少女めいた美貌が台無しにしていると彼は知っているのだろうか。おそらく知ってはいるのだろう。ただ肝心な時に思い出せないだけ、そして思い出したところでどうにもならないだけなのだ。
宥めるように優しく髪をすけば、触るなとすげなく拒否されてしまった。肩をすくめて、手を離す。
ならばお前も姫君らしく鎖に繋がれているんだな、と頭を軽く小突いて脇を通り抜けたら、すかさず後ろ頭に罵声と拳が飛んできた。
拳を受け流して、肩越しに弟を振り返る。目的を果たせなかった拳を握り締め、愛らしい顔を真っ赤にして激昂するその姿は、やはりどこか滑稽だった。
「野晒しにしていく男の気が知れないよ」
「そのうち誰かが拾いにくるさ」
歪むその顔を一瞬視界に収めて今度こそ屋敷を出た。 勝手口の戸を力任せに閉め、一歩退いて豪邸を見上げる。夜でも明かりは絶えずそして警備も絶えず。美しくも醜怪な牢獄だ。
本当は分かっている。否、はじめから分かっていた。ここに残るべきだ。さもなくば連れ出すか。場所はさして問題ではなく、要は傍にいるかどうか、それだけなのだろう。だが、と同時に思う。連れ出したところで何になる。
結局自分は鎖にこそなれ、解放する事など出来やしない。それならばせめてと願うのだ。少しでも枷の重みが減るようにと。


007:君と世界





 

 

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